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常総学院小仁所教諭差別事件 |
■老人ホームへの出向命令
高校野球で有名な常総学院で、教職員組合の委員長をつとめる小仁所厚志先生に対して、2004年4月1日、突然老人ホームへの出向命令が出されました。
常総学院では、2003年8月、理事長の「ライバル校に子弟を入れている教職員は辞表を出せ。」という発言に不安を覚えた小仁所先生を中心に組合が結成されていました。
出向命令は組合に対する不当労働行為、と茨城県労働委員会に救済申し立てをしました。
■「合宿所」への隔離
小仁所先生は、学校への出勤を続けましたが、学校側は自宅待機命令、続いて5月には合宿所和室を勤務場所として生徒との接触を禁止する、という命令を発しました。
これに対しても救済申し立てを行い、「守る会」も作られてたたかいが続けられました。
■名誉毀損の訴訟提起
その間、合宿所勤務を「座敷牢」と表現した新聞の見出しをとらえて、学校側が小仁所先生に対して名誉毀損の民事訴訟を提起し、
小仁所先生も不当な訴えであるとして反訴を提起する、といった事態も発生しました。
■職場復帰へ勝利和解
労働委員会では、証言した理事に対し、公益委員が杜撰な出向命令の出し方に苦言を呈する場面もありました。
和解交渉を経て、2005年6月に、
(1)1年以内の「研修期間」中の寮勤務を経て、教壇復帰させる。
(2)寮勤務中も勤務条件は他の教諭と同等とする。
(3)民事訴訟を取り下げる等の勝利和解が成立しました。
(弁護士 谷萩陽一)
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江戸川学園取手高校事件 |
江戸川学園取手高等学校では、2006年4月に現在の校長が就任して以来、労働組合を敵視した発言を繰り返したり、組合員に対して賞与を差別支給するといった不当労働行為が続きました。
同年8月に組合が茨城県労働委員会に救済申立を行い、2008年12月には救済命令が出され、学校はこれに従い、賞与の差額分は支払われました。
さらに、組合では、その後の賞与差別と組合員を部活動の顧問からはずすといった仕事差別について追加の救済申立をし、この事件について、審理終結後に和解交渉が行われ、7月13日に労働委員会で、基本的には組合の申立を認める内容の和解が成立しました。
(弁護士 谷萩陽一)
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鹿島学園 |
鹿嶋市にある私立鹿島学園高校をめぐる不当労働行為事件について、その主な紛争が2004年9月、和解で解決しました。
本事件は、学園の方針に反するとして組合員である先生方のクラス担任を外したり、授業持ち時間を大幅に減らしたり、さらには賞与(ボーナス)を極端に減らしたりして攻撃を加えてきたものです。
組合は、当初団体交渉を申し入れ、できる限り話し合いで解決しようと努力してきました。
しかし、学園理事長は誠実に対応しようとせず、やむなく2001年9月に組合が茨城県地方労働委員会に対して、不当労働行為を理由に救済申立を行ったのです。
(その後もそれぞれの賞与差別などを問題にして四次まで申立。)
3年にわたり地労委で審理されてきましたが、2004年2月には、第一次から第三次申立に対して、組合の主張をほぼ受け入れて、
学園に、クラス担任外しや授業時間の削減をして組合委員の不利益取扱をしてはならないとの命令が出されました。
また、賞与についても、他の教職員に支払われた平均支給月数との差額を支払えとされました。
学園は、一方ではこの命令に不服申立などをせず受け入れるような姿勢を見せながら、他方で残っている事件の審理で争う姿勢を見せていました。
しかし、学園のこのような姿勢は組合や社会から強い批判を招き、とうとう2004年4月に、学園側から和解の申し入れがなされ、和解が成立したものです。
和解内容は、当然のことながら、学園が地労委の命令を誠実に履行することを確認した上で、組合員であることを理由にクラス担任や授業持ち時間の決定にあたって、
不利益取扱をしないとし、さらに授業持ち時間などの決定については教科会における民主的な話し合いによって決めるよう指導を徹底するとしています。
また、賞与につついても、学園は、平均支給額との差額を支払うとしており、勝利和解の内容となっています。
このように、この和解成立で、組合の主張の正しさが改めて明らかとなりました。
今後も皆様の力強い支援をお願い致します。
(弁護士 五來則男)
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土浦日大事件 |
土浦日大高校では、2010年6月に事務職員の砂岡孝治さんが不当に解雇されて以来、学園が教職員組合に対して様々な攻撃を加え、労使紛争が続いてきました。
■砂岡第1次解雇事件
砂岡さんは1999年にコンピューター技師として採用されましたが、学園から仕事はずしをされ、2007年6月ころから2年9か月にわたって全く仕事を与えられない状態が続きました。
不安を感じて2010年3月に土浦日大教職員組合に加入し、処遇の改善を求めましたが、学園は反対に技師から雇員に降格させ給与を大幅に減額。
さらに同年6月には過去の様々なささいな事実を理由に不当解雇(普通解雇)しました。
砂岡さんは不当解雇の撤回を求めて水戸地裁土浦支部に民事訴訟を提起。組合員のOBや地域の方たちを中心に砂岡さんを守る会も結成されて世論にも訴え、
2012年4月に裁判所で和解が成立。砂岡さんは再び学園に雇用されるという形で職場に復帰しました。
■名誉毀損の裁判
ところが学園は、「守る会」の発行した、砂岡さんの職場復帰を知らせるニュースが学園の名誉を傷つけたとして、
砂岡さん・守る会代表・教職員組合のほか、これを教職員の机上に配布した組合役員2名に対し民事訴訟を提起し、解雇事件の和解金の一部の支払いを拒否しました。
この訴訟は地裁、高裁、最高裁といずれも学園の敗訴で終わり、和解金は全額支払われました。
■組合員への懲戒処分と配布物の制限
この裁判と並行して、学園は砂岡さんと組合役員2名を綱紀委員会に呼び出し、ニュースの配布について譴責処分にしました。
あわせて、教職員組合に対し、それまで認めていた教職員への机上配布を禁止し、配布場所を限定してきました。
組合は不当労働行為であるとして労働委員会に救済命令の申立をして、中央労働委員会で教職員組合の主張を認める勝利命令を得ることができました。
学園は取り消しを求める行政訴訟を提起しましたが敗訴し、東京高裁で救済命令が確定していますが、学園はまだ命令を完全履行していません。
■組合役員2名の推薦はずし事件
この間に、砂岡さんを支援していた組合役員2名について、県の私学協会の行う永年勤続者表彰に該当しているにもかかわらず学園が推薦しなかった、という事件が起こりました。
組合員に対する不当な差別であると救済命令の申立をして、学園が遺憾の意を表明し、次回には推薦を約束するという和解をかちとりました。
■砂岡第2次解雇事件
砂岡さんは職場復帰したものの、命じられたのは点検業務・清掃業務で、1日中同じトイレの点検をしたり、猛暑や極寒の中での屋外作業など非人道的なものでした。
砂岡さんはこれに抗議しながらも命令に従って働いていましたが、2015年7月に、体調を崩した砂岡さんがたまたま昼休みに寝過ごしたことなどを理由に懲戒解雇としてきました。
ただちに地位保全の仮処分を申し立て、本裁判では解雇撤回のほか、パワハラに対する損害賠償も請求しました。
砂岡さんはこの間に教職員組合の委員長になっていましたので、労働委員会には救済命令の申立をして、職場復帰と明るい職場づくりを求めてたたかい、2018年8月勝利的和解を勝ち取りました。
(弁護士 谷萩 陽一)
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